大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)1463号 判決 1968年5月28日

上告人

徳田利一

右代理人

松岡滋夫

被上告人

佐野冨美

ほか三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松岡滋夫の上告理由一について。

不法行為による精神的苦痛にもとづく損害の賠償を請求する権利、すなわち、慰藉料請求権は、被害者本人が右損害の賠償を請求する旨の意思表示をしなくても、当然に発生し、これを放棄、免除する等特別の事情が認められないかぎり、その被害者の相続人がこれを相続することができると解して、被上告人らがその被相続人である亡佐野乕造の本件慰藉料請求権を相続したものと認定した原審の判断は、当裁判所昭和三八年(オ)第一四〇八号昭和四二年一一月一日大法廷判決(民集二一巻九号二二四九頁)の判旨に照らし、正当として首肯することができる。原判決に所論の法令解釈の誤りはなく、論旨は採用することができない。

同二について。

原判決がその挙示の証拠関係により適法に認定した事実関係のもとにおいて、上告人の本件軽自動車の運転行為と亡佐野乕造の本件転倒、受傷および死亡との間に因果関係の存在することを肯定した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の理由不備の違法はなく、論旨は、原判決を正解しないでこれを非難し、また、原審の専権に属する事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎、同松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。

上告代理人松岡滋夫の上告理由一について、多数意見は、「慰藉料請求権は、被害者本人が右損害の賠償を請求する旨の意思表示をしなくても、当然に発生し、これを放棄、免除する等特別の事情が認められないかぎり、その被害者の相続人がこれを相続することができる」ものとし、同趣旨の原判決を支持しているが、私は、この見解には賛成することができず、原判決は、この点について法令の解釈を誤つたものであり、破棄を免れないと考える。その理由は、当裁判所昭和三八年(オ)第一四〇八号昭和四二年一一月一日大法廷判決における私の反対意見と同一であるから、それを引用する。

裁判官松本正雄の反対意見は、次のとおりである。

当裁判所昭和三八年(オ)第一四〇八号昭和四二年一一月一日大法廷における田中、松田、岩田、色川各裁判官の反対意見は、それぞれ多少、趣を異にするが、慰藉料請求権は財産上の損害賠償請求権とちがつて被害者の一身専属的な権利であるとする考え方においては同様であり、被害者がこれを請求する意思を表示したとき、またはこれを行使したばあい、あるいは契約または債務名義により加害者が被害者に慰藉料として一定額の金員の支払をなすべきものとされたばあいにおいてのみ、はじめて相続の対象になるものとするのである。私も基本的にはこの考え方に同調する。すなわち、精神的損害の賠償を求める慰藉料請求権は、その行使において一身専属的な性質を有するものであり、この請求権を行使するか、行使しないかは、専ら被害者の意思によつて決まるものであつて、相続人が被害者の意思に関係なくこれを行使できる性質のものではないと考える。

前記大法廷判決において、松田裁判官は種々な設例をして論じておられるが、私も実際問題に即して考察するとき、本件多数意見の如き見解に立つたばあいは解決できない種々の不都合、不合理な事態が発生するのではないかと憂えるものである。

例えば、精神的苦痛その他無形の損害を受けた被害者のうちには、加害者に対して特に放棄、免除等はしないが、金銭賠償の請求を欲しない人もいるし、金銭賠償を潔しとしない人もいる。そのような気持になつたり、感情を抱く人がいることは、われわれが、しばしば経験するところである。特に婚姻予約不履行、離婚、名誉毀損等による慰藉料請求問題においてあり勝ちなことである。被害者が、感情的に、あるいは世間的考慮から、慰藉料請求権を行使しなかつたにもかかわらず、相続人が、その意に反して、これを加害者に請求するような事態が発生するとすれば、それは被害者として迷惑であり、不本意とするところであることは勿論、精神的慰藉の本質から全くかけ離れたものとなり、慰藉せらるべき法益とも無緑のものとならざるをえない。

あるいはまた、被害者において相手方に慰藉料を請求する意思がなく、したがつて、これを行使しなかつたにもかかわらず、平素、被害者に縁遠い、ほとんど他人同様の相続人が現われてきて、被害者の慰藉料を請求するようなことは、慰藉料請求権発生の原因である被害者の精神的苦痛と果してどんな関係があろうか。また、濫訴の弊害すら生ずるおそれがある。

本件は交通事故による生命侵害による損害賠償請求のうち、被相続人の慰藉料請求権の相続についての事案であるが、その被害法益と、婚姻予約不履行、離婚あるいは名誉毀損等による人格権侵害の被害法益とを同様に考えてよいか疑問があるけれども、いずれも精神的な損害の賠償請求という点においては同質であることに疑いはない。

前述の事例にみられるような不都合、不合理な現象は、慰藉料請求権は被害者本人がその請求をする旨の意思表示、その行使、あるいは契約等が存在しなくても、被害者の相続人がこれを相続できる趣旨の多数意見の難点ではなかろうか。したがつて、私は右の多数意見には賛成できない。

要するに、慰藉料請求権は被害者の個人的、主観的色彩の濃い性質のものであり、この権利は法律上認められていても、これを行使するか否かは専ら被害者本人の意思によるべきものである。そして、裁判上、あるいは裁判外において、これを行使することによつて、はじめて相続の対象となり得るものと解する。

この点について、上告代理人松岡滋夫の上告理由一の論旨は理由があり、原判決ならびに、これを支持する多数意見は慰藉料請求権の性質およびその相続に関する民法の規定の解釈を誤つたものというべきで、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れないものと考える。(横田正侵 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

上告代理人松岡滋夫の上告理由

一、原判決は、法令解釈の誤りがあつて判決に影響を及ぼすべき違背であるので、右判決の破棄を求める。

右判決は被上告人らの承継取得分中被害者亡乕造の慰藉料について、同人が事故発生後殆んど意識不明のままで特に慰藉料を請求する趣旨の意思表示をなさぬままに死亡した事実を認定し乍ら、一般にかかる場合精神的利益の侵害が現存する以上特に行使の意思を明示しなくても放棄、免除その他特別の意思表示が認められない限り慰藉料請求権は発生すると判示している。

併し乍ら精神的損害に関する慰藉料請求権は、その請求するか否かは一身専属権であるから、請求の意思表示をする迄は相続性をもたず請求の意思表示があれば一般の金銭債権となり相続性を有する至るのである、而して判例は右意思表示には明示たるを要せず「残念残念」「くやしい」「向うが悪い」等と叫びつつ死亡した場合も、黙示の意思表示と認めてかかる場合には請求の意思表示があつたものと解し請求権の発生を認めているのである(同旨判例大審院判決昭和二年五月三〇日新聞二七〇二号五頁、大阪地判昭和九年六月一八日新聞三七一七号五頁、大審院判決昭和一二年八月六日全集四輯一五号一〇頁)

ところで原判決は慰藉料請求権は「特に行使の意思を明示しなくても放棄、免除その他特別の意思表示が認められない限り発生する」と判示している。右趣旨が明示、黙示を問わず一切の意思表示がなくても請求権は発生するというに在るならば右法律解釈は明らかに前掲各判例とは解釈を異にし、右請求権の一身専属性を無視するものとしてその誤は明白と云える。又、右判示が明示の意思表示は不要であつて黙示の意思表示を以つて足る(従つて右理論は被害者に最少限度意思能力のあることを前提とする)という趣旨であるとしても、少くとも本件においては亡乕造は事由発生後死亡迄意識不明の状態に在つたことが認定される以上、当時全く意思能力を欠き黙示の行使の意思表示をもなすことが不可能であつたのである。従つて権利行使の能力を全く欠如する本件事案において、意思能力の存在を前提として始めて請求権の発生が認められる法理論を適用して、慰藉料請求権の発生を認めるのは明らかに背理と云える。

而して右法令解釈の誤りは原判決に影響を与えるものであるから速かに原判決の破棄を求める次第である。<以下略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例